必要はないんだけど、特定の情報を 自分の脳に処理させて 、 他の誰でもない 自分が理解していること に意味や価値がある
機械のほうが早いし楽なんだけど、 苦労してでも自分でやりたい、という気持ち
→ ある種の「理解することの喜び」
現代社会では 1人が全容を知る必要がない
個人が全容を知らなくても、誰かは知っている前のスライドの段階
膨大な情報から法則性を見出すのは機械が得意に法律もプログラミングも機械が代替しうる
人間が理解せずとも機械が理解していればいい?人間が理解する「必要性」は減少の一途?
PSYCHO-PASSの世界観を理解する 必要性はまったくない
古代ギリシアで宇宙の法則を知りたいと思ったのと同じ — 知的好奇心
そもそも理解は、必要性と結びつくものではなかったのかもしれない
機械の発達が顕著になっても、大切にしたいもの